世田谷のバレエ教室・稲城明美バレエアソシエーツ・バレエ研究所

ごあいさつ

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    ◎受賞歴

    • 平成2年
      大場世田谷区長(当時)より、クラリティコンサートに於いて「多くの体の不自由な人と児童とを招待し、区民に夢と希望を与えた」ことにより感謝状を受ける
    • 平成4年
      大場世田谷区長(当時)より、「地域文化の興隆と福祉施設援助に大きく貢献」により感謝状を受ける
    • 平成5年
      世田谷ボランティア協会より、「せたがやK.I.Iバレエフェスティバル」公演より、「多額なる寄付による多大な貢献」により感謝状を受ける
    • 平成6年
      世田谷ボランティア協会より、「せたがやK.I.Iバレエフェスティバル」公演より、「多額なる寄付による多大な貢献」により感謝状を受ける
    • 平成15年
      社団法人 日本バレエ協会 会長 谷桃子氏(当時)より「貴殿の功績を讃え舞踊文化功労賞」を受ける
    • 平成19年
      区長熊本哲之(当時)より 「世田谷の文化の創造と発展に多大なる貢献」世田谷区制施行75周年にあたり功労賞を表彰される
  • 1954年世田谷にクラシックバレエのお稽古場を開いて60年が経ちました。

    その稲城明美バレエアソシエーツ・バレエ研究所は、2014年9月に、60年の歴史に幕を下ろしました。
    長い間、様々の方々にご理解とご支援、そしてご協力をいただきましたことは、誠に感謝に堪えません。

    この場を借りまして御礼申し上げます。

    昭和28年に学習院女子部高等科を卒業して、大学には進まずバレエ一筋に歩んで参りましたが、その頃は、日本でバレエを学ぶ者にとっては手探りの状態で、何を信じてよいか模索いたしておりました。
    そんな折、ある時、信じてバレエを語り合える舞台関係の先輩と、迷わず付いてゆける指導者との出会いがあり、バレエ理論と指導法と振付法を学びました。
    そのお二人に導かれてバレエの道を歩んでまいりました。

    ヨーロッパの王室から生まれ、長い歴史を持つクラシックバレエを、私たち指導者は、正しくこの日本に伝えていかなければならない使命があります。

    バレエを指導すると言うことは、それだけの覚悟と責任を持たなければなりません。
    間違った普及の仕方は、何が何でも避けねばなりません。
    このことが、私を常に駆り立てていることでした。
    それと同時に、私の歩んできたバレエで、何か世の中のためにお役に立つ事はないかと常に考えてまいりました。

    昭和61年、カネボウ、ニッカウヰスキー、松竹歌舞伎座などからの協賛を得て、故大場啓ニ世田谷区長(当時)命名のチャリティーサロン”ブルーメンフェーエン”(花の妖精たちの意)により、バレエと福祉の2本立てのサロンコンサートを始めました。

    何年か続けて行くうちに、長く住んでおります世田谷のためにもお役に立ちたいと思い、平成4年に区内の貝谷バレエ団、井上バレエ団をお誘いして、地域文化と福祉に貢献する為に「せたがやK.I.Iバレエフェスティバル」を結成し、続けて平成6年には「世田谷クラシックバレエ連盟」をバレエ指導者のユニオンとして立ち上げ、世田谷区民文化祭としての公演を、世田谷フィルハーモニー管弦楽団との共演により「白鳥の湖」その他全幕物などを、常任理事として公演して参りました。

    私の研究生たちの、稲城明美バレエ研究所の発表会も、33回を数えました。
    幼児の頃、母につれられて、何度も映画館に足を運んだ仏映画「白鳥の死」、パリ・オペラ座のバレエ学校が舞台でしたが、主役の少女を演じたジャニーヌ・シャラが、その当時の私にそっくりだとの周囲の評判から、子供ごころにも、私のバレエへの夢の第一歩となりました。

    月日は流れ、戦後、私が始めてバレエの舞台をみたのは、奇しくもパリ・オペラ座が、始めて日本公演をおこなったセルジュ・リファールなど4人のバレエダンサーたちの忘れられないバレエの舞台でした。

    最後に、長年私を信じてバレエのレッスンに通ってくれて、私の振り付けの作品を踊ってくれた大勢の研究生達に、心から感謝の念を捧げます。

これまでの稲城明美のバレエに対してご支援、又は協賛ご協力をしてくださった方々に
感謝とお礼を申し上げます。

  • カネボウ化粧品株式会社
  • ニッカウヰスキー株式会社
  • 松竹株式会社 歌舞伎座
  • 朝日生命保険相互会社
  • 日本コロムビア株式会社
  • ヤマハ株式会社
  • 音楽の友社
  • 藤門商事株式会社 社長 細野晴通氏
  • 株式会社チャコット
  • 株式会社トンボ鉛筆 取締役(当時)川崎勲氏
  • 東京電力世田谷区支社
  • 東京駒沢ライオンズクラブ 荒木信之氏
  • 世田谷区長(当時) 故 大場啓二氏
  • 松竹株式会社会長(当時) 故 永山武臣氏
  • 東京コスモス電気株式会社社長(当時) 故 今長法行氏
  • 新光商事株式会社会長(当時) 故 北井敏久氏
  • 鈴木経営株式会社社長 鈴木陽一氏
  • 世田谷区議会事務局長(当時) 関昌之氏
  • アビコム株式会社社長(当時) 故 向野一氏
  • COSAR・JAPAN代表(当時) 故 広岡嘉政氏
  • 佐藤和美氏(フルーティスト)
  • 佐藤文子氏(ピアニスト)
  • 故 上杉裕之氏(指揮者)
  • 故 内藤孝敏氏(音楽家)
  • 故 細川俊之氏(俳優)
  • 故 川田正子氏(童謡歌手)
  • 小島章司氏(フラメンコ舞踊家)
  • 故 仲浜清一(琉球古典音楽)
  • 故 谷桃子氏(舞踊家)
  • 故 中森昌三氏(能楽師)
  • 佐藤宮子氏(能楽師)
  • 大倉正之助氏(能楽師)
  • 一噌幸弘氏(能楽師)
  • 中森貫太氏(能楽師)
  • 宮増新一郎氏(能楽師)
  • 故 桜井勤氏(舞踊批評家)
  • 飯島篤氏(舞台写真)
  • 西川邦幸氏(舞台写真・映像)
  • 故 藤井修治氏(舞踊批評家)
  • 辯官雉枝氏(舞踊家)
  • 林文明氏(舞踊家)
  • 千葉勝男氏(舞踊家)
  • 故 加美早苗氏(舞踊家)
  • 岡本佳津子氏(舞踊家)
  • 橋本潔氏(舞台美術家)
  • 勝屋智江氏(舞台衣裳)
  • 河地四郎氏(バレエ台本)
  • 千葉昭則氏(舞踊家)
  • 岩崎令兒氏(舞台照明家)

(順不同)

以上の皆様方有難うございました。

稲城明美創作バレエ 主な作品

  • 昭和46年 「昼の夢」
  • 昭和48年 「アランフェスの少女」
  • 昭和49年 「森の歌」
  • 昭和50年 「春の音」
  • 昭和50年 「花たちのフィエスタ」
  • 昭和51年 「丘に立つ」
  • 昭和52年 「恋人たち」
  • 昭和55年 「娘たちの四季」
  • 昭和58年 「幸せを呼ぶ花祭り」
  • 昭和60年 「沈鐘」再演=沈める鐘
  • 昭和62年 「二人静」
  • 昭和62年 「夢宇宙」
  • 昭和62年 「花言葉」=再演 花のメッセージ
  • 昭和63年 「愛=孤独」
  • 平成 元年 「天鼓」=再演 天の鼓
  • 平成 5年 「ショパンはお好き?」
  • 平成 6年 「区の花 さぎ草伝説」
  • 平成11年 「悠久の時空を超えて-哀しみのフアニータ」
  • 平成14年  創立50周年「メモリアルバレエブラン」
  • 平成14年 「ヘンゼルとグレーテル」
  • 平成16年 「ディスニーコレクション オンステージ」「ラプソディー」
  • 平成20年 「バロックファンタジー」(世田谷クラシックバレエ連盟公演のための振付)
  • 平成20年  オペラ「ヘンゼルとグレーテル」バレエ部分振付